世界の終わりから、はじまりへ

日々のコラム

こんにちは(^^♪

中辻はるかです。

今日からこちらのブログへ移転しました!(ぱちぱちぱち~)

以前ははてなブログを使用していましたが、無料版では広告が消せないことと私が希望するデザインに自由にカスタマイズできない部分があるため、ワードプレスに移行すべきかずっと悶々としていました。

お弟子期間が終わってからにするか、ブログ筋を鍛えてから移行するか迷っていましたが、同じお弟子仲間に背中を押してもらったのと、「カウンセラーやっていきたい思いがあるなら、早く始めてもいいよね~操作方法がめんどくさくなったらまた違うブログに移行したらいいし」と思って、ワードプレスとやらに挑戦してみることにしました☆

 

最近は何でもネットで調べられるので楽ですが、移行作業が結構めんどくさかったです(笑)

まだまだ完全なブログスタイルではありませんが、徐々に整えていくので楽しみにしていてください(^^)/

 

プロフィール画面が上手く表示できていないので、今回はここに貼っておきます~

*プロフィール*

 

***

私は今まで何度かカウンセリングを受けてきて、「今まで相当頑張ってきたんですね」「いろいろ我慢してきたんですね」と言われることが多く、「そうですね~…」とは返すものの、正直自分の中でピンと来てませんでした。

 

お弟子同期とのカウンセリング実習でも、毎回違う相手で毎回違う話題のカウンセリングを行っているのに上記と同様のことを言われ、とても不思議に思っていました。

 

というか、とても失礼な話になりますが、カウンセリングの決まり文句ぐらいにしか思っていませんでした(笑)

 

それくらい私にとっては頑張る・我慢することは当たり前で、頑張ってきたこと・我慢してきたことを称賛されても、「そうなのかな?」や「同情してるだけでは?」となんとなく腑に落ちていない感覚もあり、どこからが我慢に入るのか、どこからが頑張ってきたに値するのか全く分かりませんでした。

 

それくらい私にとっては普通で当たり前すぎて、もう何も感じなくなっていました。

 

**

学生時代はどちらかというと「もっと頑張れ」「できて当たり前」等言われることが多かった印象で、社会人になれば「もっと責任感じてやってくれる?」「社会人としてなってない」と言われることもあり、

 

なんで私はできないんだろう

なんでこんなに不器用なんだろう

と責め立てる日々が多くありました。

 

逆に周りは難しく感じていることでも私は簡単に出来てしまうこともあり、始めは「すごい!」と称賛されたかと思いきや、後から「これが足りない、これが出来てない」「もっと頑張れ」と、結局は頑張りが足りない、努力が足りない、積極性がない、やる気がないとみなされることが多くりました。

出来ていることがあっても、できない箇所が少しでもあると「努力していない、頑張りが足りない」とみなされ、それがとても辛かったです。

 

私はみんなが出来ない事ができるけど、みんなが当たり前でできていることが簡単に出来ない。

なんで出来ないんだろう…

なんでこんなに不器用なんだろう…

みんなが言うように私は努力が足りないんだ、頑張りが足りないんだ。

 

私がもっと頑張れば、もっと器用に出来れば、私がもっと我慢すれば、誰も困らないよね?誰も離れていかないよね…?

お父さんもお母さんも離れていかないよね?

会社も私をクビにしないよね?

 

いつからこんなマインドを抱えていたのか覚えていませんが、常に見捨てられる恐怖を抱えていました。

いつか誰かがまた私を捨てるかもしれない、置いていくかもしれない。

 

そんな緊張感の中で、いつも過ごしていました。

そんな劣等感から、いつも頑張っていました。

我慢していました。

 

姫は一人では生きていけない。

なので、私は自分が姫であることを忘れることにしました。

 

自分が姫であることを認めてしまったら…

自分が今まで頑張ってきたこと、耐えてきたこと、今まで我慢してきたことを認めて受け入れてしまったら、もう自分の足で立てなくなってしまう。

 

それくらいギリギリでした。

 

私の中での弱さの象徴は、自分自身が姫であること。

弱いわたしでは愛されない

誰にも期待してはいけない

誰も当てにできない

何も言ってはいけない

 

だから、私に期待してくる人が嫌だった。

私を当てにしてくる人が嫌だった。

 

私はあなたに期待しないから、私に期待しないで。

私はあなたを当てにしないから、私を当てにしないで。

わたしはわたしでいっぱいいっぱいなの。

私に依存してこないで。

 

でも男女関係になると、途端に出てくる相手への期待、当てにする気持ち、欲求、不信感、重たい私、近づきたいのに近づけない距離感、寂しさ、無力感etc

 

それらの感情を感じることが苦しく辛くて仕方なかった。

「感情なんかなくなってしまえばいいのに」と何度も何度も思いました。

 

そこでここで出てくる、

「私が我慢すれば、離れていかないよね?」

という思い。

 

私が許せば、器を大きくすれば、頑張れば、嫌なことでも我慢すれば、何も言わなければ離れていかないよね?

 

本当はこんなことしたくない、嫌だ、明らかにおかしい、理不尽すぎる、私は怒っている、もう頑張りたくない、etc

 

本当は正直に本音を言いたい。でもそれを伝えると相手が離れてしまう可能性が出てくる。

それならば我慢して私が頑張ることで私の本音を消す。

 

そうやって自分の中にある心の本音を小さくしていったら、自分の中での違和感やSOSにも気づけなくなっていました。

 

 

**

 

お弟子に入り、だんだんと自分の中の癖や問題が見えてくる中で、あらゆる問題で一番ネックになっていたことは自分が我慢したり、やりたくないことでも頑張りすぎてしまうことに気づきにくいということでした。

 

そして私が自分の心の声を拾えていないこと以上に、自分でそれを認められていないことが1番のデッドゾーンでした。

弱い自分を認められない。

出来ない私を認められない。

弱さを出せない。

でも認めないともうしんどくて、どうしたら良いのか分からず、もがき苦しむ自分もいる。

 

でももう認めるしかない。

もし認めて自分の足で立てなくなってもお弟子の先輩や仲間に引き上げてもらおう(笑)

そう思ったら涙が止まらなくなって、いかに自分自身を無視し続けてきたか、自分を守れていなかったか、鞭を打ち続けてきたか…

ここまで無視してきたにも関わらず、今も私の身体は生きていて毎日当たり前のように呼吸をしていて血液が流れている。

 

「いままで散々無視してきて本当にごめんなさい。」

認めてしまったときに1番に出てきた言葉でした。

 

そうやって、近所の川に無価値観と罪悪感を流してきました。

近くでは親子がバーベキューをしていて、その隣で一人泣きながらマックを頬張る姿はかなり怪しかったかもしれません(笑)

でもいいんです。自分と仲直りできたので☆

 

**

これからは自分の心の声を拾い、自分がやりたいことや頑張りたいことは実行していく。

やりたくないこと、出来ないことはお願いしてみる。

それでダメだったときは、また自分の声を拾う。

また私の声を相手に伝えてみる。

それを繰り返し繰り返しやっていくことが自分を愛する、自分に愛情を注いでいく行為なのかもしれません。

 

今まで自分の心の声を無視してきた分、もう無視はしたくない。

私は自分の心の声が聞きたいし、相手の心の声も聞きたい。

 

そのためには自分の心の中にある恐怖とも向き合うし、痛みとも向き合う。

それを拾い集めて、時には抱きしめて、そして開示していく。

 

わたしが我慢することで私らしくなくなってしまうなら、もう我慢はしない。

わたしが我慢しないと関係を継続できないような人とはもう付き合わないし、いらない。

 

その相手が山ピー級のイケメンだったとしても、私と向き合えない、または対話が出来ない人ならば、私はいらない。

 

心で対話が出来る人が現れるまで、何年かかってもいい。

子どもが産めない年齢になってもいい。

そういうパートナーが現れるまで、私は結婚しない。

(なんの話?笑)

 

 

そして、私のように心の声が聞こえづらくなってしまった人の心の声を引き出しやすくするサポートをしていきたい。

小さな小さな心の声に気づき、あなたがあなたらしさを取り戻せるなら、あなたらしく生きて行けるのなら、私はそれでいい。

 

 

もう我慢はしない。

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