理想のパートナーができればすべての問題は解決するのか?〜そうは問屋が卸してくれない〜

日々のコラム

ここ最近、なんだかすっきりしない、はっきりしない感覚が自分の中にはびこっていました。

燃え尽きたような、なんだか前のようにはできない・動けない・頑張れないという感じ。

ほんの数か月前までの私は、自分にダメ出しをしながら頑張るみたいなことをやっていました。

極端に言うなら、「ブログを書くために断食する」「風呂も入らぬ」なんてことを普通にやっていたのです(笑)

ご飯を作る時間があるなら、飯を食う時間があるなら、風呂に入る時間があるならカウンセラー活動の時間に充てたい。ブログを書く時間にあてたい。

寝る時間があるならマルシェに回答したい。

そこに完璧主義も相成って、何日もかけて書いた記事をやっとこさ出すみたいなことをやっていました。(過去形にしてるけど今もやってる)

でも、そのすさまじいエネルギー消耗のわりにはブログの更新率が低め。そりゃそーだ。完璧主義にエネルギーを持っていかれているのだから。

完璧に完成した状態じゃないと表に出せない。完璧じゃないと自分が許せない。その世界観は他人軸のようで巣がここまで来るともう自己満の世界です。

これを便秘に例えるなら「完璧なう〇こにしないと表に出せない」という感じ。



正直、この状態が一番苦しい。

そもそも完璧なうんこってなんだ?笑

完璧でも完璧じゃなくてもうんこはうんこだろ。

(完璧な私でも不完全な私でも私は私だろって意味でとらえてください)


そんな便秘生活を数年規模で続けていました。

そのスタイルがずっと続けられるほど体力があるわけでもなく、結局ストレスが溜まってお菓子を獏食いするみたいなサイクル。

今思えば、その便秘状態がお金にも投影されていたかもしれません。(お金の話はまた次回に後述する)

自分がやりたくて始めたカウンセラーだったのに、気づかぬうちにカウンセラーを続けることが私にとって苦しみになっていっていました。

もちろん楽しいときもあるけど、その楽しい面白いと感じるエネルギーが持続しない。

そんなときにパートナーができました。

パートナーと付き合う前はすべてが自分の時間で、カウンセラー活動の時間も自由に没頭することができました。

休みの日はすべてカウンセラーとしての時間に使っていましたし、「食事と寝る以外の時間はブログを書く時間だ!」としていました。

(休みの日は何やってるの?の質問が一番困りました。だってひたすらベットの上でパソコンとにらめっこしながら文章を書くことしかやってなかったから笑)

そんな生活リズムだったところにパートナーが現れたのです。

必然的に自分一人の時間が減り、パートナーと二人で過ごす時間が増えました。

パートナーとの時間はわたしにとってとても癒しの時間である一方へ、妙な違和感もありました。

その違和感は、最初はイライラを感じるところから始まりました。

現実に見える世界ではとてもありがたいことが起こっているのに、その喜びを噛みしめることを躊躇しているような変な感じ。

今までは休みの日すべてをカウンセラーとしての時間に費やし自分のエネルギー配分を自分の思うようにコントロール出来ていたのに、今はそれができない。

パートナーとの時間は癒しなのに、それを理由にブログを書くための時間が減っている。

今までは自由に自分の思うがままに時間を使えていたのに、それができない。

そのもどかしさにいら立ちを感じ始めていました。

ちなみにパートナーは私のカウンセリング活動をとても応援してくれていて、「この日は一人で集中する時間が欲しい」と言えば喜んで協力してくれます。

にもかかわらず、パートナーとお付き合いを始めたばかりのころは、自分の時間が減ってしまうことに不安と恐怖を感じていました。

自分の好きな時間に好きなように動けなくなるのではないか?

ブログの更新頻度が落ちてしまうのではないか?

カウンセラー活動に支障が出てしまうのではないか?

カウンセラーに集中できなくなるのではないか?

でも時間がたつと、その駆り立てるような焦燥感から行動することが嫌になっていました。

そこで気づいたのは、

「頑張らなくても、結果は前と変わってない」という現実です。(ドーン)


ブログを書く時間は減ったけど、前と更新頻度は変わっていません。

今まで自分なりにですが必死こいて時間見つけてブログを書き上げていたはずなのに、力を抜いても状況は変わってない。

なんだそれ!?って思いました。

時間をかけて書いていたのは自己満だったのか?!(そうだYO!)

「はるかちゃんは、頑張る教をやめないといけないよ。そこにいる人じゃないでしょ」

数年前に受けたカウンセリングで某師匠からそんなことを言われていました。



その時の記事はこちら↓

※この記事は今読んでも悶絶してしまう(笑)


でも「頑張る教」から脱藩する方法が分からなくて、ずっと自分に鞭を打ちながらやってたんだなって最近なんとなーくわかってきました(遅)

で、最終的に何が言いたいかというと、パートナーシップが幸せになった途端ライフワークに対してひよってしまったんです。

頑張る目的がこれまでと変わってしまいました。



ブログやSNSも途中までことが浮かぶんだけど、起承転結が前のようにバシッと書けなくなってしまい、はっきり言いたいのに言えない感覚もありました。

この妙な感覚を言語化するのも難しくて、ここ数か月を過ごしていました。

パートナーシップは良好。

結婚の話や同棲の話、将来に向けての具体的な話題がトントンで進んでいてとても幸せな毎日を送っています。



今まで付き合ってきた男たちは何だったんだ?むしろ人ではなかったのでは?と感じるくらい、過去の自分からしたら信じられない恋愛をしています。

2年前に元カレと別れたときに書いた「あたしと一緒に幸せになってくれる男の条件100個」というリストを見返したら、今の彼はほぼ100%で叶っていました。

過去の自分から見たら、今の自分が憧れになっちゃったんです。

長年うまくいってなかったパートナーシップがいよいよ軌道に乗り、「よっしゃ!こっからや!」と思っていたのもつかの間、今まで頑張っていたことに対して気持ちが入らず、頑張れなくなってしまいました。

私はカウンセラー養成講座を修了してからずっとカウンセラーを名乗ってきました。

小さな燃え尽きはありましたが、辞めずに止まらずに諦めずになんやかんやでずっと続けてきました。

昨年にやっと自分が本当にやっていきたい方向性が見つかり、そのテーマでワークショップも開催しました。

参加者も私もびっくりするくらいに変化して、次回開催のお声とテーマまで頂戴しました。

※実は次回開催に向けてぼちぼち動いているところ。

思うように芽が出ないもどかしさはありますが、やっと自分のやりたい方向性や伝えたいことが明確になってきた喜びももちろんあります。

なのに、このすっきりしない感じ。

モヤが晴れない感じ。

もどかしい感じ。

ずっとその思いが晴れなくて、とあるグループコンサルを受けている際に上記の話を相談しました。

こんなボヤっとしたやる気のない話をグルコンという公の場で醸してよいものなのか?

「甘えたこと言ってんじゃねぇよ」って思われるんじゃないか?

そう思ってビビッていましたが、返ってきたのは予想外の回答でした。

「今の調子でほわほわしときなさい。」

今までの私はパートナーもいなかったし居てもあんまりデートっぽいことをしてなかったというか、独りの時間のほうが多かったんです。

今思えばとても寂しいく孤独な恋愛だったなぁと思います。

独りでいるときよりも二人でいるときに感じる孤独の方がずっと寂しい。

これまでは一人でしたが、

パートナーがいる生活の中で自分のライフワークを実現させていくには?

これが2026年度の私のテーマだなと感じています。

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