欠点の中に魅力と才能が宿っている

日々のコラム

こんにちは!
中洲生まれ北新地育ちの心理カウンセラー
中辻はるかです!



先日ユニクロで日焼け防止のためアームウォーマーを購入しまして、一週間経つか経たないかのうちに片腕分を失くしました。

本格的な夏はこれからだというのに。

我ながら失くすのが早すぎて衝撃を通り越して動揺しています。(動揺して新たな忘れ物を生んだのはここだけの秘密だ!!笑)





私は小学生の頃から失くしものや忘れ物が結構多くて、自分でもどうしたものかと頭を抱えながら生きてきました。

っていうのはちょっと大袈裟なんですけど、直そうとしたり正そうとしても直らなかった部分でもあるんですよね。

皆さんにもそんな部分ってありませんか?

あったら私にも教えてください^^


誰しも少なからず「こんな自分はダメだから隠さなきゃ!」「正さなきゃ!」「直さなきゃ!」って思ってきた部分ってあると思うんです。

私の場合ですと、忘れ物が多いところや失くしものが多いところがその部分。(もちろん他にも沢山ある)



「直さなきゃ!」とか「正さなきゃ!」とか「こんな自分はダメだからなんとかしなきゃ!」と思ってきた度合いは人それぞれですし、大人になる過程で自然と緩和されていった人もいるかもしれません。

少なくとも私のブログを読んでくださっている方は、自分のことを「こんな私は愛されないない」「こんな私はダメな奴だ」と自分にダメ出しをしてきた方が多いはず。


自分が直そうとしても直せなかった部分、正そうとしてもできなかった部分は、実は才能だと言われています。

直そうとしたきっかけ、正そうとしたきっかけ、隠そうとしたきっかけには必ず他者が介在しています。

親に怒られた、先生に叱られた、友達に仲間はずれにされたetc

(周りの人があなたの才能を扱えなかった、と見ることもできます。)


自分の中にある何かが周りと馴染めない要素だったから、あなたは周りと馴染むためにその〝何か〟を正そうとした、直そうとした、隠そうとしたわけです。

孤独にならないために隠そうとしたんですよね?

傷つかないために正そうとしたんですよね?



さて、その目論見は成功しましたか?

孤独にならないために、傷つかないで済むために自分の要素の一部を隠した結果、傷つかないで済みましたか?周りの人との親密感は感じられましたか?





とても器用な人は、周りに合わせることも器用にやってのけてしまいます。

そうやって自分の要素でもある部分を直そうとしたり正そうとしたり隠そうとしてきた場合、自然と自分の才能を使わなくなる(無かったものとして闇に葬り去る)ので、自分の才能そのものを忘れて生きていきます。

それが「自分がどうしたいのかわかりません」といった言葉で表されることもあります。

自分が何者なのかわからなくなってしまうんです。




私たちは自分以外の誰かと比べて劣っていると感じた部分には無価値感を感じるし、誰かと比べて自分の方が秀でていると感じた部分には罪悪感を抱きます。

誰かと比べることをやめれば、あなたが直さなきゃとしてきた部分や正さなきゃとしてきた部分は途端に魅力と才能に変わります

自分以外の誰かと比べるからわけわからんことになるんです。


誰かに指摘されてもその通りにできなかった部分、正せなかった部分、直らなかった部分はありますか?

「大人になっても変わらんなー」と感じる部分は、自分の魅力であり才能なんです。





ということで、新品のアームウォーマーを一週間で失くしてしまった言い訳のブログでしたー!


中辻はるか
中辻はるか

最後まで読んでいただきありがとうございました!



欠点の中に魅力と才能が宿る


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