「女は損よねー」
「女さえ我慢すれば場が丸く収まる」
私の母は、自分が女性として生まれたことをとても嫌悪し、嘆いていた。
私が物心ついたころから「女って損よね~」が口癖で、何か気にいらないことがあれば、「なんで女ばかりが我慢しなきゃいけないの・・・?」と愚痴を吐く。
「男は楽でいいわよね~」
「男は何もしなくても許されるからいいよねー」
「男はいつも偉そうに命令するだけ」
「女を馬鹿にする男は最低!」
「男は偉くなって金回りが良くなると勘違いしてすぐ浮気するんだから」
「男はチームをまとめる力がない」
LINEの履歴で「男」と検索をかけるとすぐに出てくる男性に対する怒り文句。
これが日常会話になると、どのレベルで男性に対しての偏見が繰り広げられていたのか想像に難くないだろう。
しまいには「男はコロナをなめてる!」とキレだしたこともあったな。
とにかく私の母は、男性に対する怒りがものすごくて、何かにつけて「いつでも男が偉くて、そのぶん女は損なのよ」と言っていた。
その矢頭に40年近く立ち続けた私の父はどんな心境だったのだろうか。
母自身も幼少の頃から女性であることが理由で傷を抱えてきた人物だった。
4つ下の弟優先の家庭環境、大学進学を諦めざるを得なかった高校時代、色々と虚しい思いをしてきたのだと思う。
女性であることで我慢しなければならないシーンを山ほど経験していた。
そんな母を見て育った私は、いつの日からか「男は女の敵だ」と思うようになっていった。
と同時に、「女は損よね」と思いながら生きている母がとても憎くもあった。
「なんで私を女として産んだのよ」
「女が損なら、私を男として生んでくれよ」
一番身近で大人の女性の象徴である自分の母親が、「女は損な生き物なのよ」と自分自身を否定しながら生きている。
その現実がどんなに悲しくてむなしくてやるせなかったことか。子供だったとはいえいた堪れなかった。
女に生まれてしまった私では母を救えない。母を守れない。
母が信仰している「女は損である」が世の中の基準なら、私は生まれた瞬間から損をしているということだ。
生まれた時点で損、マイナスだ。
私も女性で、私も損なら、私は母の喜びにはなれない。
この歪んだ観念に私自身の強烈な自己否定と自己嫌悪が隠されていることは、後に判明することとなった。
母は男性をとても憎んでいたけど、男性に勝てるだけの権威は持ち合わせていなかった。
思春期を迎えてからは、母をとても嫌った。
男性に対して文句ばかりで感謝もできない。かと言って勝てる経済力や権威性は持っていない。
なんて弱い女なんだ。
母が憎い、女子が面倒、女はみんな女々しくてめんどくさい。
そんな超絶受け取り下手な母ゆえに、それに対抗するように父はモラハラと化していった。
自分の中にある母から受け継いだ女性性。
母を嫌えば嫌うほど、自分の中の女性性を抑圧していった。
女は弱い。
私は母のように哀れな女にはなりたくない。
男に頼らなければ生きていけないような弱い女にはなるまい。
「男は当てにならないから、
誰にも頼らなくても生きていけるように精神的にも社会的にも自立するのよ」
女は損と嘆いている母がそう言っているのだから、それだけは絶対に死守しなければ。
「女は損だ」の母の英才教育のもと、その考え方と生き方を全うしようとした。
そうやって母のようにはなるまいと社会に反発して自立しようとしていたはずなのに、反発すればするほど「私は愛されない」「女は損だ」を証明するような出来事ばかり起きた。
私の中の女性性は、分かりやすく傷を負った。
それはとても悲しくてつらくて、苦しかった。
「女は損」「私は愛されない」という生き方はこんなに生き辛いのか?
その苦しみは特に恋愛でダメージを受けた。
「はるかは私と一緒で男を見る目がないから」
母は私にそう言った。
私は母のように生きることしかできないのだろうか?
これからもずっと女は損だと思いながら生きていかなきゃならないのだろうか?
今思えば、母の人生を真似て「女は損、私は男性に愛されないし大切にされない」がどれだけ苦しいものなのか追体験するための自作自演だったのかもしれない。
「私もお母さんと同じよ。」
「私はお母さんの血を引いてる。私も愛されないわ」
「やっぱり女って損なんだわ」
女は損。
そう感じながら生きることはとても辛く苦しかった。
母を嫌いになりたくない、憎みたくない。
でも女は損だなんて言いながら生きてる母は大嫌いだ。
このままではわたしは男にもなれないどころか、女性である本来の自分すら受け入れられない。
こんなに苦しいってなんなの?
母の信仰「女は損」は本当に正しいのだろうか?
父(男性)は本当に頼りない存在なのだろうか?
世の男性はみんな男尊女卑の考え方なのだろうか?
母の言うように、男性はみんな女性のことを馬鹿にして見下しているのだろうか?
そうやって自分の苦しみや憎しみに対して疑いを持ち始めた。
そこに疑いを感じ始めたのは、ちょうど地元を離れて大阪に出てきた頃だった。
当時はそんな疑いを晴らす目的があったのか定かではないけれど、私は男性接客専門の水商売とやらを始めた。
他にもホステスを始める理由があったのだけど、今思えばしっかり自分の目で見て体験して、男性という生き物が何を考えているのかが知りたかったのだと思う。
それに、誰かのフィルターを通さずに自分の目で見て感じて知る必要があるとも思った。
ホステス業を始めて間も無く
男性とお酒を飲む=謙って男性にお酌をする
というイメージは崩れ去っていた。
ある時、接客をしていた時にお客様から言われた言葉がある。
「もっとあなたの良さを引き出さなきゃダメよ。自分の思ったことを言いなさい。自分のために。そうやないと男は甘えるし自分のためにならないよ!」
男はいつも当てにならない
男は女性を幸せにしない
いつも偉そうに振る舞っているだけでいざという時頼りにならない
男は女を利用する
男のせいで女が損をしている
そう思ってきたはずなのに、
不覚にも女性の本当のすばらしさを教えてくれたのは、世の男性たちだった。
他にもいろんな男性たちが、私のような小娘に対して女性の素晴らしさや可愛らしさ、魅力や価値や才能を教えてくれた。
そして私の尊敬する大人の女性である店のママも、捻くれまくっていた私に根気強くも優しく教えてくれた。
世の男性たちはみんな「女性の笑顔だけで僕らは救われるんだ」という。
言葉で言われなくてもその思いが態度や言動に出ている。
「そんな男どこにおるねん!?」って思います?笑
今あなたの目の前にいる男性みんながそうなんよ。
*
私の母は「自分は可哀想だ」がやめられないだけだ。
それは母の幼少期の環境からも理解できる。
弟ばかりが優先されて、しかも弟の事故(生死を彷徨うほどの大火傷)で母の両親(私の祖父母)は弟につきっきりだっただろうし、母自身は幼少期のほとんどを孤独で過ごしていたと思う。
そう、背景を考えれば理解はできる。
私がなぜこの母を選んで生まれてきたのか。
なぜ私が「女は損よ」が口癖の母と、男尊女卑の考え方の父を選んで生まれてきたのか?
私はおそらく「女性はみんな愛される存在である」ということを無意識に知っていたんだと思う。
それは私だけでなく、女性みんなが潜在意識に持っている思い。
すべての女性が「ありのままの姿で愛される」ということを知っているんです。
*
私は今回のランジェリーワークショップで、
女性ってこんなに魅力的で素敵なんだよ
不完全なままで、
ありのままで許されてるんだよ、
女は損じゃないよ、女は素晴らしいんだ
ということを伝えたい。
と同時に
「いつまでそうやって自分の欲を否定し、女であることを嫌悪して生きていくつもり?」
と女性性を抑圧せざるを得なかった人たちに本当の本音を問いたい。
あなたはどう生きたい?
このランジェリーワークショップで絶対に人生変わるから。
それだけはマジで保証する。
騙されたと思って来てみて。



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